思い出話

2010年3月17日 (水)

「絵巻物ー5」

Dvc00009 パレードは続く。御所車。沖代平野の大演習の時に、皇太子がおのりになったとか。珍しいものが残っているんだ。鶴市の神輿も出ていた。周りには、お稚児さんたちが並んでいた。カメラマンが多く、厚かましくていやになるくらいだった。周りの家の壁には、桃の花と菜の花が飾られていた。

2010年3月16日 (火)

「絵巻物ー4」

Dvc00008 このパレードには、面白いロボットが出演していたのです。ダイハツの工場が中津に出来ることで、大いに期待されてのことだったのです。今では、人間ロボットが歩行やジャンプが出来るようになっていますが、人間がロボットの中に入って動いていたと思います。10年前のことですから、興味津々でした。遅い動きだったが、なかなかの人気。人の歩き方とそっくり、「すごいなあ。」と言う声があがる。

2010年3月15日 (月)

「絵巻物ー3」

Dvc00007 パレードには、人力車も加わっていた。なかなかいいものである。はっぴ姿の人が3人。三台出ていた。

2010年3月14日 (日)

「絵巻物ー2」

Dvc00006 パレードは、駅の前から始まった。ミス中津ののったおかごが進む。はっぴ姿の人がともに進む。おかごは、意外に小さいと思った。案外、小さな乗り物なので、大変だっただろう。漆塗りで、長久寺の嫁入りの時のおかごだったそうだ。

2010年3月13日 (土)

「絵巻物ー1」

Dvc00005_3 中津の巻物を描いていたので、紹介します。2000年の3月のひな祭りの様子です。10年前のことになります。かなり賑やかに祭りが盛り上がっていました。その時のことを、巻物にしていますので、ご覧ください。10年もたつと、ゆるみが出るのですかね。だんだん、元気がなくなっているようです。

2010年1月18日 (月)

「川の石ころ」

Dvc00006 孫たちに、石ころを拾わせて、絵を描きました。夏休みの思い出を、石に残しました。横浜や岡山に帰った孫たち、いい想い出になったと思います。川での遊びは、プールと違って、変化に富んでいるから、時間を忘れるほどです。今年も帰ってきたいと言っているようです。今年は何をするか、今から考えるところです。この1.2年が遊べる時なので、じいさんも考えにゃならんとおもっちょる・・・。

2010年1月 1日 (金)

「川の想い出」 こげなん話 30

piscesDscn2751                    青の洞門を訪れる観光客は、多い。春と秋は、とくに多い。11月になると、車が渋滞して一寸ずり、少しずつしか動かない。用事がある人などは、大変だろうと思ってしまう。私も巻き込まれてしまって、大変困ったことがあった。観光の時は、朝早くでるようにすると、うまく目的地にいくことが出来る。洞門の付近は、耶馬トピアや、羅漢寺、古羅漢などがあって、なかなか人気のコースになっているのです。元気な人は、競秀峰の上に散策コースがあるので行って見るといいですよ。上からの眺めは、最高です。

2009年12月31日 (木)

『川の想い出」  こげなん話 29

Dscn2737 山国川沿いには、まだ旧道が残っている。栄町から万田の通り、三光佐知、野路、樋田の通り、耶馬溪の平田の通り、下郷の大島と宮園の通り、一つ戸の通り、山国町の中摩、守実の町筋、草もとの通りなど、ちょっとわき道に入ると、昔ながらの道が残っている。この絵は、守実の入り口朝陽橋のところから描いた絵です。橋が撤去されたので、車が入れなくなりました。便利になっていく影で、亡くなっていることも多いなあと、思っています。

2009年12月30日 (水)

「川の想い出」  こげなん話 28

Dscn2748 30年前の校舎です。木造の校舎は、今、ほとんど見られなくなりました。鉄筋の校舎に代わっています。木造のいいところは、ぬくもりがあったことです。廊下も、米ぬかを入れた袋で拭いていくので、ぴかぴか。階段の手すりもぴかぴか。窓もすべて木の枠だった。バケツの水をこぼして、下の教室に漏ったら大変と、大騒ぎで拭いたこともあった。音が響いて、「廊下を走るな!」がくちぐせだった。この前、資料館になっている校舎を見学して、とても懐かしかった。山国川沿いには、K小学校・S小中学校、N小学校、I 分校が残っているだけです。

2009年12月29日 (火)

「川の想い出 こげなん話 27

Dscn2741 昔の水源地の塔です。新しい塔が建て替えられて、昔の姿はなくなりました。川の流れも、かなり変わっています。どんど瀬といって、みずが激しく流れている瀬がありました。底のところに行くと、魚が沢山泳いでいたのです。そのころの子供たちは、争って動いていたものです。散歩にこの土手を、歩いてみると、かもめや、サギ、鵜などが沢山羽を休めていました。

2009年12月28日 (月)

『川の想い出 こげなん話」 26

Dvc00016 私はいつも気にしていることがある。それは、山国川の水質です。国土交通省の河川の水質ランキングが公表されています。今年は、何番にランクされているのだろうか?といつも気にしています。知り合いの河川調査の方の話を、聞いていましたので関心があるのです。川の上流に行っても、かなり石ころに、汚れたようなコケがついていることがあります。空き缶やごみもかなりあります。ふるさとの川、大事にしたいと願っています。中津干潟のこと、上流の植樹のこと、川のごみ拾いのことそれぞれいいことをしています。連携するといいなあと思っている一人です。

2009年12月27日 (日)

「川の想い出」 こげなん話 25

Dvc00012 「いつも、プールだけではおもしろくない。川での遊びは、変化があってとても面白い。」と子供たちが言った。実際に、先生の許可をもらって、遊んだことがある。よくもまあ、あんなことをしたなあと、後で思った。若気の至りか?川にロープを張って、それにつかまるようにして、泳いだ。あの時のことは、いまでもわすれない。

2009年12月24日 (木)

『川の想い出」 こげなん話 24

Dvc00003 川に行っての遊びは、子供たちは、とても喜んだ。笹舟をつくって流したり、水面に石を横投げしたり、トンボのやごを探したりした。川辺に岩から、化石を探したりもした。私の子供たちでも、都会から帰ってくると、深耶馬溪の一枚岩のところにいきたいと話す。この3,4年、孫たちを連れて、耶馬溪の自然にふれあう合宿をしてきている。きれいな水、生き物たち、周りの木々、川での泳ぎ、都会に住む子らには、楽しい夏休みになっている。

2009年12月23日 (水)

「川の想い出」 こげなん話 23

Dscn0936 深耶馬溪の学校の思い出は沢山ある。まず道がすごかった。すごい坂で、冬の道は大変だった。水泳は、プールがないので、なめこ川に台地から下りていって泳いだ。天然のプールである。川底は、一枚岩。とてもよい水泳場だった。魚もいるし、周りの景色もいいしとても気に入った。帰りが大変、坂を上って帰るのが一苦労だった。飲み水に苦労して、毎日貯水タンクまで下りていって、ポンプの様子を見に行ったものです。風呂の水も、掃除する水も、下からのポンプでしたから。ときどき、ウサギがタンクに落ちていることがあった。夕立の後、増水で車が通れなくて1時間ぐらい待ったこともあった。

2009年12月22日 (火)

『川の想い出」 こげなん話 22

Dvc00015 山国川の川の中に、うなぎぐらがある。潮が満ちてくると隠れる時もある。うなぎ漁をするためのやぐらです。周りを網で囲んで中の石を、2,3人で隣に移すのです。うなぎは、河口から上がってくるときに、いい場所があったと、かくれるのではと思います。小祝から潮止めのあたりまで、ところどころに、見えています。

2009年12月20日 (日)

『川の想い出」 こげなん話 20

Dvc00021 とびこみ 夏休み。PTAのみなさんとで、M小学校の裏の川で、川遊びをしたことを思い出す。深い淵があって、飛び込みもできるし、いかだ遊びも、泳ぎも出来た。プールで遊ぶのとは違って、変化のある行事だった。低学年は、少し下流の、浅いところで、宝探し。石ころを探して、宝を見つけていった。飛び込みは、とても興味があって、つぎつぎに飛び込んでいた。大人の知恵で、飛び込む時に、木の葉を口にくわえて飛ぶと、水が鼻に入らないことを教えてもらっていた。なるほどと思った。子供たちには、いい想い出になったと思います。今は、親に・・・。山国川のこの淵のところを通ると、当時のことが・・・。

2009年12月19日 (土)

『川の想い出」 こげなん話 19

Dvc00002 サイクリング 子供たちとよくサイクリングに行ったものだ。日曜日が多かった。耶鉄のあとに、とてもよいサイクリングロードが出来たので、青の洞門、守実、平田の河原、深耶馬などに行った。お弁当を持って行ったり、カレーを河原でつくったりした。洞門の上の競秀峰を歩いたこともある。変化に富んだ場所が多くて、とても楽しかったことを覚えている。子供たちとのふれあいが深まったと思っています。

2009年12月18日 (金)

『川の想い出」 こげなん話 18

Dvc00025 ニガバエ こんな魚も、山国川には、生息している。ニガバエといっていた。ミミズでも良くつれた。あまり大きな魚では、ないけれどもよくすがたをみた。学習館の水槽の中に、大事に飼われていた。

2009年12月17日 (木)

『川の想い出」 こげなん話 17

Dvc00023 ヤマトバエ 山国川には、ハエも3種類くらい生息している。ヤマトバエは、体が大きくて、体側にしまがある。ずっしりとしていて、釣れた時には、かなりの抵抗がある。

2009年12月16日 (水)

『川の想い出」 こげなん話 16

Dvc00022 タイワンドジョウ この魚をみたのは、田んぼだった。稲を育てる時に水を入れる。その時に田に入ったのだと思います。かなり大きな魚でした。みなくちにいたので、手を近づけたら、なんと手をかまれたのです。びっくり。たいした怪我ではなかったけれども、指に歯の跡がついていました。かえるや、虫を食べるたくましい魚です。山国川には、かなりいると思いますよ。別名、雷魚といわれています。

2009年12月15日 (火)

『川の想い出」 こげなん話 15

Dvc00021 カラス貝 川には、カラス貝がいる。子供のころ、もぐって泥の中に、大きな貝がいるのに気がついた。大きい貝で、石の周りや、岸辺のはしっこにいた。家にかえって湯がいて身だけを取り出し、味付けをすると、とてもおいしい貝だった。たんぱく質の不足している終戦後のこと、なんでも口にしたものです。学校で、先生がさつまいもの茎を集めたり、運動場にいもを植えたりしたこともあった。いつも腹がへって何か食べ物がないかと思う毎日でした。今では、考えられません。コンビニや、スーパーのずらりと並んでいる食品を見ると、贅沢なせかいだなあとつくづく思います。

2009年12月14日 (月)

『川の想い出」 こげなん話 14

Dvc00020 しじみとり しじみは、山国川には、沢山生息している。今でも、金谷の向かい側には、しじみをとっている人の姿がある。子供のころは、家の近くの水路にも沢山いた。しじみをとるのに、松の葉を使って、とったものだ。蜆の目を探すのです。水路の砂をよく見ると、二つの目があるのです。その目を探して、松の葉をさしこむと、とれるのです。しじみの給水と排水のめだったのです。誰が考えたのか、わからないけれども、面白かったことを覚えています。海に行った時も、アサリや、ハマグリなども、砂に目がある話をきいて、砂浜を探し回ったことがあります。今はドジョウと同じで、水路には、蜆の姿はないようです。

2009年12月13日 (日)

『川の想い出」 こげなん話 13

Dvc00016 Dvc00026 どじょうのこと  最近、どじょうを見ることがありません。田んぼの水路にも、すがたがありません。農薬の関係かもしれませんね。人の姿を見ると、すばやく泥の中に隠れていました。子供のころは、どこの水路にも、見かけていたのですが、残念です。山国川学習館に行ったら、水槽に大事に飼われていました。しまどじょうもいました。東京のどじょうの料理の材料は、大分県の安心院内水面試験場のものだそうです。全国的に、どじょうが、少なくなっていることのようです。寂しいことです。

2009年12月12日 (土)

『川の想い出」 こげなん話 12

Dvc00012 どんくろ 大きな口、大きな頭をもっている。特徴のある魚です。どんことか、河鹿といっているようです。みみずを近づけると、ぱくっと食べる。わりあいに、釣りやすい魚だった。体に模様があり、石と同じような色なので、みつけにくいところもある。

2009年12月11日 (金)

『川の想い出」 こげなん話 11

Dvc00018 すっぽん 山国川にも、すっぽんがいる。子供のすっぽんを見つけて、玄関の水槽に入れたことがあるけれども、いつも逃げられてしまうのです。たくましいというか、すばしこいというか、逃げるのが上手な亀です。昨年の夏、田んぼの横の水路で、大きなすっぽんをみつけたのです。網をもっていき捕まえました。大水の時に、田に入り、水が少なくなって水路の方に移動したのだと思います。しばらく飼っていたのですが、冬になり冬眠するらしいので、平成大堰のところに、逃がしてやりました。なかなか餌を食べてくれませんでした。衣装ケースに入れていました。

2009年12月10日 (木)

「川の想い出」  こげなん話 10

Dvc00011 オヤニラミ この魚は、珍しい魚で、よつめとも言われています。目の横にもう一つ黒い模様が目のように見えるからでしょう。闘魚で、自分の縄張りをしっかり守る習性があるようです。川の中の、空き缶を拾い上げた時に、中に入っていたことがありました。絶滅危惧種になっているようです。耶馬溪ダムでも、最近、ブラックバスが増えていて在来種が少なくなっているのが、心配です。

2009年12月 9日 (水)

『川の想い出」 こげなん話 9

Dvc00010 ギギ こんな魚見たことがありますか?なかなか見つけるのは、難しいですよ。しかし、洪水などで水が濁っている時に、釣りに行くと良く釣れますよ。わきのむなびれが、とげのようになっているので、怪我をすることがあります。うろこは、ありません。鯰と同じような皮膚をしています。川が濁ると、釣竿をもって、川に行ったものです。この地方では、ギギュウといっています。

2009年12月 8日 (火)

「川の想い出」  こげなん話 8

Dvc00005 うなぎのこと

1、よくうなぎをつった。ミミズでも良く釣れる。しばらく川の中に、竿を置いていてもつれた。しかし、その後が大変。うなぎが糸にまかりついていて、針を切らないとはずせなかった。

2、うなぎてぼで獲った事がある。子供のころ、北高の近くの小溝で、大きなうなぎを獲った事がある。夕方、タニシを石で叩き潰して、ミミズも入れて、小溝においてみた。朝、てぼをあげに行くと、てぼの中でごとごとと音がする。大きなうなぎが獲れていた。稲を育てる用水路だったので、うなぎが上がってきたのでしょう。今は、住宅がいっぱいに建っています。5,60年前のことですから。

2009年12月 7日 (月)

「川の想い出」  こげなん話 7

Dvc00004 エノハつり。山国川にもエノハがいる。山国町では、養殖が行われている。平成3年の台風で施設が流されてしまったこともあります。毎年、放流をしているようです。山国町、耶馬溪町の奥の谷に放流しているようです。友達と2,3回エノハつりに挑戦してみました。雪の降る日、川のあたりは、寒くて寒くて、手がしびれてはりの餌を付け替えるのも大変でした。2,3匹つれたことを覚えています。きれいな魚でなまぐさい臭いがしないのが、不思議でした。水温の低いところに生息しているので、釣るのは、なかなか難しいと思いました。名人は、いつもかなりの釣果があるそうです。

2009年12月 6日 (日)

「川の想い出」 こげなん話 6

Dvc00007 てながえびつり。こんなえびをつったことがありますか?私は、よく釣ったものです。山国川には、沢山いますよ。沖代平野にも水路が流れていますので、小さな水路にも稲を育てている季節には、どこの水路にもいました。つり方は、出来るだけ小さい針を使って、ミミズでつります。川の中に、しばらく入れていると、少し引き揚げてみるのです。こつこつと引っ張っているようだったら、えびが餌にきているのです。小さい針でないと、口が小さいのでかかりにくいです。えびは、後ろ向きに、逃げるので面白いですよ。今でも、三口の堰には、沢山いると思います。ゆがいて、食卓によくのぼりました。

2009年12月 5日 (土)

「川の想い出」  こげなん話 5

Dvc00017 ぼらつり。  山国川には、ぼらが沢山いる。秋から、冬にかけて釣り糸をたらしている風景を、見ることが多い。橋の上からも、防寒具を着て糸をたらしていることも。川の中に入って、両側から竿を出す釣り方もあった、子供時代。大人の中に入って、竿を持ったことがある。ぼらが釣れると大変です。しばらく、引きが強いのでなかなか手元に魚を寄せることができない。ようやく弱りかけた魚を、岸まで寄せて、針をはずすのだ、ミミズを付け替えて、さあ、自分の場所に。と思ったら、もう場所をとられていたのです。つりの世界も、厳しいなと思ったでぇ。あつかましくならないと、生きていけないなとこどもながらに思った。

2009年12月 4日 (金)

「川の想い出」  こげなん話 4

Dvc00012 がんしょ獲り。金谷の土手では、終戦後、がんしょをすくって、食卓の足しにしていた。食べるものが少ない時代。貴重な蛋白源だったのではないかと、おもっちょるでぇ。さなぎの粉を味噌に混ぜて、川の岸の石垣に乗せておくと、においを感じてがんしょが出てくるんじゃ。がんしょとは、こえびのことじゃ。そこを、小さな網で上からかぶせるようにして、えびを掬い取るんじゃ。かなりの人が、えびとりをしていたでぇ。川岸の石垣を見ると、その頃の事が思い出されるちゃあ。今も、いるのかなあと、思うでぇ。

2009年12月 3日 (木)

[川の想い出」   こげなん話 3

Dvc00016 金谷の土手下で、魚を追っかけていた時に、なんと、かれいを見つけた。川にかれいがいた。びっくりしたんじゃ。海の水が、満潮になって入ってきていたんじゃと、後でわかった。海水は、真水より重たいので川底に入ってきていたんじゃ。かれいも、その時に一緒に来ていたんじゃ。追っかけまわして、2匹捕まえたと思う。とても嬉しかった。一日に、2回潮の動きがあるので、満潮の時、大きな鯉が数匹水面を、どうどうと泳いでいるのをみたこともある。真水があるところを、泳いでいたことを、後で知ったんでぇ。潮水は、煙のようなものがゆらゆらと動いていたでぇ。

2009年12月 2日 (水)

「川の想い出」   こげなん話 2

Dvc00020_3 私の泳ぎ始めたのは、父の背中に乗って、金谷の川を渡った時じゃった。父の背中は、大きくてたくましく見えた。父は、水泳の選手だったので、泳ぎは、得意だった。終戦後、引き揚げて帰って、学校にはプールもないので、川に連れて行ってくれたのだと思う。川には、大勢の人が、遊びにきていたことを思い出す。それから、私は、河童になった。夏休みになると、金谷の川につかっちょった。きらきらする夏の輝き、水の中の美しさ、そして、いろいろな魚がいる。楽しゅうて楽しゅうて仕方がなかったでぇ。あそこのボンは、「川んじょうにつかっちょる。」ち言われよった。とった魚を、ぶら下げち、得意げに家に帰っていたんじゃ。遊びすぎち、よう叱られちょった。あの、少年時代にもどりてぇ。・・・と、おもっちょる。

2009年12月 1日 (火)

「川の想い出」   こげなん話 1

Dvc00019 60年も前のこと、夏休みになると、毎日のように金谷ん土手ん川に行ったんじゃ。泳いだりもぐったりしたけれども、鶏を20羽くらい飼っていたので、餌にするために魚をとることも、目的にしていたんじゃ。自転車のスポークを磨いてつくった、水中鉄砲で、潜って魚をさして、とっていた。岩ノ下や、瀬にいたキンクロを追っかけまわして、とっていたんじゃ。面白かったよ。きつさをわすれて、無我夢中で、追っかけてた。とった魚は、串刺しにして持って帰った。キンクロは、腹に吸盤がついていて、逃げるのが早くて苦労したけれども、とったときは、すごく嬉しかった。金谷の土手を見ると子供のころの石垣がまだ残っていて、懐かしいんじゃ。川の流れが、当時とは変わっている。しかし、向こうの山々の姿は、そんまんまじゃ。キンクロは、この地方の呼名ではないかと、おもっちょる。みみずでもよく釣れていた。