私の泳ぎ始めたのは、父の背中に乗って、金谷の川を渡った時じゃった。父の背中は、大きくてたくましく見えた。父は、水泳の選手だったので、泳ぎは、得意だった。終戦後、引き揚げて帰って、学校にはプールもないので、川に連れて行ってくれたのだと思う。川には、大勢の人が、遊びにきていたことを思い出す。それから、私は、河童になった。夏休みになると、金谷の川につかっちょった。きらきらする夏の輝き、水の中の美しさ、そして、いろいろな魚がいる。楽しゅうて楽しゅうて仕方がなかったでぇ。あそこのボンは、「川んじょうにつかっちょる。」ち言われよった。とった魚を、ぶら下げち、得意げに家に帰っていたんじゃ。遊びすぎち、よう叱られちょった。あの、少年時代にもどりてぇ。・・・と、おもっちょる。
60年も前のこと、夏休みになると、毎日のように金谷ん土手ん川に行ったんじゃ。泳いだりもぐったりしたけれども、鶏を20羽くらい飼っていたので、餌にするために魚をとることも、目的にしていたんじゃ。自転車のスポークを磨いてつくった、水中鉄砲で、潜って魚をさして、とっていた。岩ノ下や、瀬にいたキンクロを追っかけまわして、とっていたんじゃ。面白かったよ。きつさをわすれて、無我夢中で、追っかけてた。とった魚は、串刺しにして持って帰った。キンクロは、腹に吸盤がついていて、逃げるのが早くて苦労したけれども、とったときは、すごく嬉しかった。金谷の土手を見ると子供のころの石垣がまだ残っていて、懐かしいんじゃ。川の流れが、当時とは変わっている。しかし、向こうの山々の姿は、そんまんまじゃ。キンクロは、この地方の呼名ではないかと、おもっちょる。みみずでもよく釣れていた。
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