宇佐市院内の荒瀬橋です。耶馬溪の石橋と違って、橋脚が長いのが特徴です。川の浸食が激しくつくるのには、大変だったと思います。院内には、石橋が多く残っており、石橋めぐりも毎年行われています。
紅葉の滝めぐりで、行った院内の風景です。廃屋があって、とても寂しいところでした。もう、屋根も落ちかけていて、大分人が住んでいないようでした。田舎に行くと、廃屋が最近、目立つようになってきました。学校も、統合の話が持ち上がってきています。これから、どうなっていくのでしょう?
2月28日から 3月7日までの水彩画展 お蔭様で終了することが出来ました。お忙しい中、わざわざお出でいただき、有難うございました。ひな祭りの期間中でしたので、良かったのではないかと思っています。今回は、山国川に限らずに、倉敷、川越、湯布院、別府、山口、宇佐などの風景を入れていましたので、新鮮だったかもしれません。これからも、遊び心で、旅の想い出などにも絵筆を、持ってみようと思っています。皆様の暖かいご厚情に感謝します。有難うございました。次は、3月19日から3月25日まで、ギャラリーややまにて展示します。
耶馬溪町平田の風景です。細長い紙があったので、パノラマのように描いてみました。見に来た人が、ああ、ここは、平田のところじゃと、つぶやいていました。細長いといい面もありますね。展示も、あと2日となりました。7日までです。
沖縄と石垣島に行ってきた時のスケッチです。海から持ってきた石を積んで石垣のようにしていた。暖かいので、ゴムの木や、蘭の花、などがのびのびと咲いていた。台風は、よく来るので対策は良く考えられている。のんびりとしたたびを経験した。川平湾の海の透明さには、びっくりした。
こんな作品も展示しています。大きな紙の端切れを利用して横広の絵を描いてみました。初夏のころで、藤の花の紫が緑の中に見える作品です。この2日間で、30人くらいの方が、おいでになりました。3月7日までです。よかったら、立ち寄ってください。
耶馬溪に似た岩山。隣の宇佐市安心院にあります。桜が咲いて後ろの岩をバックにきれいに見えます。公園になっていて、休憩するところもあります。上の松ノ木がなくなっているのが残念です。
今日から、新春水彩画展です。
12月に倉敷に行きました。久しぶりだったので、新鮮に見えました。大原美術館、クラボウの跡、町並み、運河沿いを歩いて、よく整備されている街だと思いました。電柱も地下に埋設され、町並み保存の先進地だと思いました。高橋選手のオリンピック出場の垂れ幕が、学校に下げられていました。孫たちにも会えたので良かったでぇ。
川越の老舗です。雨が降っていましたが、しっとりとぬれて雰囲気が良かったです。この店は、刃物を扱う店で、包丁がずらりと並んでいました。二階の窓の厚さに驚きました。もうすこしゆっくりしたかったです。
観光旅行で川越に立ち寄りました。NHKの朝ドラの町なので興味を持って、歩きました。蔵づくりの家が並んでいて、いい雰囲気でした。小雨が降っていても、観光客は多かった。電柱も地下に設置されていい町並みが残されていると思いました。
箱根に旅行した時のスケッチです。江戸時代の関所の跡を復元して、いました。周りの杉の木の太さに驚きました。お役人様などの人形もあって当時の様子が、わかりました。箱根は、夏でも涼しくいいところだと思いました。海賊船やロープウエイ、鉄道にも乗ったり、歩いたり。富士山が芦ノ湖からよく見えました。
国東の海岸にある桜並木です。峠のトンネルを抜けると桜並木が迎えてくれた。峠からは、豊後水道がみえる。花びらが、ひらひらと舞っていた。
久住山の南側の秋の風景です。花公園も近いところです。雄大でススキの穂がたなびいていました。ここに来ると、気持ちがすっきりします。
6月、鶴見岳のミヤマキリシマに出会いました。ロープウエイで登りました。花は、身頃でした。大分県には、ミヤマキリシマが沢山自生しています。どの株も、花つきが良かったようです。上からは、別府湾がみわたせてとても気持ちが良かったです。久住連山もキリシマガ咲いて上の方は、ピンクに染まっています。
由布院のシンボルの池、金麟湖です。観光客が沢山訪れています。テレビの中継が、すぐ横の喫茶店で行われていました。スケッチをする人もいました。
宇佐市の有名な渓谷です。夏の季節、涼しげな木々と一枚岩の上を流れる水が、人気です。季節になると、多くの人が訪れます。キャンプや水遊びをする人もいます。ひざまでズボンのすそを上げて、水の中を歩くのは、気持ちのいいものです。近くに、大谷渓谷もあります。
桜の花が咲く湯布院に行きました。新婚旅行の想い出の地です。46年前を思い出していました。町の様子は、観光地になって、ずいぶん変わっていますが、由布岳は変わっていません。桜並木が、川面に映って菜の花とともに、輝いて見えました。高速道も出来て、アクセスも良くなったなあと思います。
紅葉のきれいなお寺で有名です。国東の両子寺で描きました。国東半島では、高い山なのでしょう。もみじが赤く染まります。仁王様も門前で建っていてとてもいい雰囲気のお寺です。小雨が降っていて、傘を差している人がいました。
日田市の大山町の梅林です。梅祭りでとても賑わっていました。梅の花の香りが、周りに広がっていました。広い山の斜面に、ずらりと広がる良く手入れされた木々が、きれいに並んでいました。帰りは、温泉、買い物を楽しみました。
212号線、日田に入る花月バイパスをおりると小平地区が左に見える。こじんまりとした集落。段々畑がならんでいた。最近、ほじょう整備がおこなわれて、田んぼの様子が変わっている。絵にとどめたのが良かったと思っている。雪の中に静かにあった。
山口県に旅をしたときのものです。紅葉が美しくて、本堂までの道や階段は、見事でした。歴史のあるお寺でした。
宇佐市にある藤棚です。最近、沢山の人が訪れています。5月の終わりごろ、いい香りを漂わせて、咲き誇ります。いろんな種類があって、見事です。お茶畑や、池があって、小山の上からの眺めはとてもいいです。お茶・ソフトクリーム・お茶の入ったお餅など人気があります。中津からぶらりと散策した時の作品をし紹介しています。花の周りに蜂が多かったですよ。
こんな絵も、展示しています。山国川の風景を200枚くらい描いてきましたが、そのほかにもきままに描いてきたものを、展示することにしました。この松の並びは、肥後の殿様のお通りになった街道の名残です。久住花公園の近くにあります。熊本から大分の鶴崎に旅をする時の道だと思います。御篭の中から阿蘇の五岳や久住を眺めながら往復をしていたのでしょう。松のみぞ知る。
秋になって、みんなでスケッチに行きました。滝の見物や周りの紅葉をみてまわりました。耶馬溪の裏側にも、いい景色があります。西椎谷・東椎谷・福貴野の滝・七福岩・温泉などいいところが沢山あります。渓谷では、岳切と大谷が近くにあります。
新聞に出たマチュピチュの記事。宇佐市の西椎谷地区の事が出ていましたが、私が描いた絵が出てきました。向こうに見えるのがマチュピチュに似た山です。この新しい道路に、桜を植えようと活動しているようです。車で走る時、面白い山だなあと思っていました。左下には、、渓谷と棚田が広がっているいい景色の場所です。耶馬溪の裏側になると思います。
山国川にも、沈み橋がある。この絵は、柿坂の中津留にかかる橋です。洪水のときは、水の中に沈んでいます。頑丈につくられていますが、壊れてしまう時もあります。便利がいいので、よく使っているようです。中学生が、落ちたこともあります。ここには、大きなえのみの木がありました。遠くから、よく見えていました。
鶴市神社に行く道です。真正面が神社です。お祭りの時は、すごい人です。沖台平野の各町からの傘ぼこが集結。2日間は、賑わいます。各家の玄関先には、御神灯のちょうちんがさげられて、通りが輝きます。
耶馬溪ダムのつくられた柿坂の尾ヶ篠の風景です。ダムが出来るという話があったので、スケッチをしていました。この絵は、今、耶馬溪町支所に飾られています。霜の降りた日で、周りの草木が、真っ白になっていました。この横を通っていたことが懐かしいです。
庭に花がない時に、ねぎぼうずがあった。畑の隅っこに、あるだけで存在感がある。形も面白いし、色もいい。洗濯物が花を目立たせてくれた。宮永の土手の近くの家で見ました。
冬の川は、水が青く感じる。まわりの草や木々が白っぽいからだろうか?山国町の白地付近の様子です。庄屋村の方に曲がっています。諏訪神社の大杉の木が見えています。白地に出来た新しい橋の上から描きました。
稲の取り入れのすんだ農家が、ひっそりと建っています。隣の家は、廃屋になっていました。やねの上まで、草が生えていました。住む人がいなくなると、家のいたみははげしいものです。新聞記事に、学校が統合されることが掲載されていました。住民がいない。子供がいない。では、学校もなくなるでしょう。寂しい限りです。作業小屋、かけ干しの用具置き、堆肥置き場などが、ひっそりとありました。
耶馬溪には、川底が一枚岩になっているところが多い。飛び出ている岩がないので、とても気持ちがいい。子供たちにも、安全で、キャンプなどの時には、最適です。孫たちを2,3回連れて行ったときに、とても楽しそうでした。魚もいる、トンボもいる、涼しいなど、自然体験には、いいところですよ。こんな自然が残っているのは、これからますます貴重になってくるのではないでしょうか。
ずいぶん前に描いたものです。もう、こんな家はありません。草葺の屋根だったので、印象に残っています。よく車で通る時に、狸、テン、猪にあったものです。夜道では、大きな鹿に出会ったこともありました。
古い造り酒屋の家が、少なくなってきています。壁は、いたみ屋根もかわらがずれかけていて、もう手入れはしていないようです。庭の木々が大きくなってしまっています。まきの木が目立ちます。山国川沿いの家でも、大分に移築したものがあります。三光のM家、キャラハン邸などです。大分で食事どころや、記念館になっています。
三光の 小袋地区は、麦を植えているところで知られています。麦は、なかなか手がかかるので、栽培面積が少ないのでしょうか。麦の収穫する6月になると、黄色に色づいてとても美しいです。Y小学校の時、校内マラソンで、この麦畑の中の道を全校児童が、よく走ったものです。父母の応援も多く、にぎやかな声が広がっていたものです。刈り取りの後の、もんからを焼く煙が、たなびいているところが好きです。
競秀峰の上にあがってみました。素晴らしい景色でした。羅漢寺橋の横に、新しい橋が出来て曽木の様子もかなり変わっていました。昭和5年ごろの写真を見たら、水の流れは、変わっていなかったです。草葺の家並みが並んでいました。あがる時に、かなり急でいきがあがりました。鎖道や、岩の横を通る時は、怖かったです。ところどころに、石像がありました。
今までに、山国川沿いの風景を紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?ああ、あそこの風景だ。ここは、見たことがある。懐かしい。もうなくなっている。もう一度行って見たい。などのお声をいただきました。ありがとうございます。今日、ハンドルを握って、津民の方に行ったのですが、もう麦の緑の列が見えていました。寒いのですが、確実に麦は生長しているのですね。まだまだ、描いていないところがありますので、動くつもりです。
深泉寺の山門です。立派な仁王様が二体入り口にたっています。真正面に、枝垂桜の老木が見えています。お寺に入り口がわかりにくいと思いますが、バス停があるのです。春は、鶯の声がよく聞こえます。
この寺にもう一つ、見るものがあるんです。それは、この寺は、金竜山深泉寺と名がついているのです。お御堂に入ってみると、さあ、何がいるでしょう。そうです。昇竜の図があります。近くを通った時には、ぜひ、見てください。私が描かせていっただきました。お寺の裏の竹やぶから、宝珠を追って爪を立てながら昇っている竜を、屏風にに描いています。
このお寺には、まだまだあります。聖観音菩薩像がおいでます。住職の古希を記念しての仏像です。柔らかなお顔の観音様です。花見に立ち寄った時に、お参りをするといいと思います。
お話のお寺は、深泉寺のことなんです。ご存知ですか?かなり有名になってきています。桜の花の咲くころは、にぎやかですよ。花見客、演奏、カラオケ、一人芝居、などにわかにつくったステージでにぎわいます。福岡の方からもおいでになっていますよ。
三光の深水のお寺に枝垂桜の老木がある。最近は、有名になって、桜の花が咲く頃には、沢山の人が訪れる。境内には、よしのざくらの木もあり、華やかな春を迎える。観光バスもときどき来ている。車ならば、どこにでも出かけられる時代になったのでしょう。木下で、お弁当を開いているグループもありました。
三光、深水のお寺での花祭り風景です。お釈迦様のお誕生日、甘茶をいただく日です。お年寄りから、子供まで沢山の人が来ていました。桜の花も咲いて、とてもにぎやかでした。
耶馬溪には、こんな民家が多い。草葺の屋根にトタンをかぶせるつくりです。緑の山や、田畑の色に赤い色の屋根は、とても目立っています。だんだんになっている畑と農家が、のどかな風景となっています。せんたくものが、きょうは、たくさんだされているようです。道が畑を回っているのが面白いなあと思った。
あけましておめでとうございます。今年も、よろしかったら、見てください。
三光と宇佐市の境、旧道がある。そこに、こんな家並みが残っている。かなり古い家でした。近くにYさんという白壁の立派な家があるのです。東郷元帥や、伊藤博文さんの書画があるという家でした。この三叉路のところは、ちょっとひらけていて、スケッチをしたくなるところでした。早春のころでした。
最近は、こんな踊りの輪は見られなくなってきています。真ん中のやぐらの上で、太鼓に合わせて口説きを歌う人、周りには、地域の人たちが浴衣を着て楽しげに踊っていく。お盆の供養の行事として盛んだったのですが・・・。学校でも、運動会のプログラムに取り入れていました。懐かしいです。
山国川の風景ばかり続きましたので、川の想い出を少し、書いてみます。
山国町中摩の秋の風景です。サイクリングロードが川沿いに走っていて、とても気持ちのいいところです。ススキの穂が銀色に輝いていました。自然のままの川沿いは、いいですね。
山国町の春田です。お宮の森が遠くからでも良くわかります。赤くなった杉の木、いちょうの裸木などがまとまって森を作っています。こんなお宮を見ると、なんとなく落ち着きます。
猿飛びの周りにある木々は、秋も面白い。楡ケヤキやもみじの木が、赤や木の色に変身する。白っぽい岩とのコントラストがいいと思います。
福岡県側から、訪れる人が多くなっています。最近は、かかしで知られるようになっているようです。
山国町の所小野地区の景色です。草本からかなり奥にはいると、英彦山の修験のころのお堂があります。立派な仏像がならんでいて、大事にされているようです。最近、道路が出来ましたが、すごい傾斜でこわかったです。山国町や耶馬溪町などには、英彦山の修験者のお参り所がかなりあったようです。所小野のは、戦争に出兵する時に、兵隊さんが、家族と手を合わせたそうです。
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山国町平小野で見つけました。春になって、桜のほかに、桃やゆきやなぎなども、咲き始めます。あたりが、華やかになります。クヌギの木の葉は、まだ残っていました。
山国町にある棚田です。日本棚田百選にも選ばれています。田んぼの稲が、黄金色に輝いて一番美しい時でしょう。田植えから収穫まで、オーナーを募って、いるようです。参加する人が、最近は、増えているようです。石垣を見ると、昔からの積み重ねを感じます。
耶馬渓や、山国町には、倉を持つ民家が多い。以前は、草葺の屋根だったのが、赤いトタンをかぶせる形式になっている。入り口には、農具を入れる小屋も建てられている。山国町吉野で描きました。この家の母屋は、最近、建て替えられています。
山国町草本の家並みです。山に沿って、家が並んでいます。金山が盛んなころは。すごく賑わったところでしょう。映画館や、店も多かったそうです。今、金山の管理人だけになっているそうです。
山国町草本地区の川辺です。草本には、金山があり、昭和のはじめごろは、大変賑わっていたそうです。山国川の川原の石を、割ってみると、きらきらと輝く鉱石が見つかることが、あります。
耶馬溪町から山国町に入るとことに、倉の見える家がある。立派な蔵で、斜めにあがるみちと、杉の木が印象に残る。近くに、庄屋村の大杉が、左側に見える。
山国町高内にある大木です。遠くからでも、すぐにわかります。木下には、祠が祭られています。どの枝先にも、黄色の葉っぱがついていました。気持ちのいい春でした。英彦山に行く道のようでした。薬師渓谷が近くにあります。
槻木の春は、とても美しい。山の木々の芽吹き、庭の草花の芽吹きなど、カラフルな色が競い合っている。石垣の上に咲く芝桜の紅白の花は、よく目立っていました。鶯の声が、あたりに聞こえていました。
山里の、田植え前の様子です。きれいに畦をビニールで水が漏らないようにして、田を耕しています。あたりの田んぼが、すっきりとしています。私は、このころの田んぼの姿が、大好きです。山国町槻木高内で描きました。山の木々のめぶきも、きれいでした。
新緑の季節。槻木の尾曲がりのところです。まぶしいくらいに、 木々の芽が、もくもくと湧き出ているように見えました。爽やかな五月の風が、吹いていました。
立派な倉のある家が道路沿いにある。昔からの、中摩地区を通る旧道路です。倉の下は、トタンをはってしまっているが、いたべいと、白い壁は、残っている。横の岩、のところぎりぎりに道が通っている。日の当たっている屋根や、壁がとても気に入りました。山国町中摩付近です。
猿飛欧穴群の春です。桜が周りの風景を、明るくしています。水も澄んでいて、きれいでした。奥耶馬の見所で、つり橋から見るのが、いいようです。近くに、どぶろくを出している店もあります。
山国町守実にある重要文化財です。九州で一番古い、木造の民家だそうです。梁に1776年の文字があったそうです。切手にも、なっています。かやぶきの屋根を持ち、落ち着いた雰囲気を持っています。桜の花が、咲いていました。
猿飛びの下流にあります。すぐ上に、念仏橋がかかっています。水の流れも、きれいで、削られた崖、周囲の木々、なかなかいい眺めです。散策する歩道も出来ていますので、ゆっくり歩くことが出来ます。
猿飛欧穴群の秋の景色です。岩の上に紅葉した木々の色が、きれいです。散策する道も整備されたので、歩きやすくなりました。万葉まつりで、入選した和歌の、石碑が並べられています。山国町草元付近です。
英彦山の野峠、大分県と福岡県の分かれ道です。新緑の美しい時で、緑が輝いていた。修験者の鎖道のある岩場が向こうに見える。山国川の源流は、この山である。お宮の門前町があり、年中、入山者が、多い。
川の中に、大きな石が沢山見える。台風のあとです。エノハの養殖場があったのですが、施設も、流されてしまいました。このあたりは、護岸工事が進み、川の姿が、一変してしまっています。山国町槻木新地付近です。自然の風景が少なくなっているのが、さびしいです。
冬の杉の木は、寒さで赤茶色に変わる。水も澄み、川底の石がよく見える。槻木は、平成3年の台風で大きな被害が出た。川の姿が、がらりと変わったのです。しかし、この小瀬戸は、自然のままに残る、貴重な場所なのです。ごつごつした岩、白い砂などとても綺麗なところです。蛍の乱舞する名所です。
先輩から「蛍の里」の看板を頼まれた。山国町が、蛍で村おこしを始めたころだった。カワニナが多くすんでいるのがいいのだろう。蛍の多いときは、杉の木がクリスマスツリーのようになる。この付近で、雪の降る日、エノハを釣ったことを思い出す。
山国町草本の金山跡が近くに見えるところです。菜の花や、花桃の花がとても鮮やかに咲いていました。あたりが、明るくなっていました。槻木の谷が遠方に見えています。
奥耶馬の猿飛甌穴群のすぐうえのところです。最近、遊歩道と東屋ができて、散策しやすくなりました。福岡県の添田方面からの、観光客がふえています。つり橋、桜、紅葉、岩など綺麗な風景です。山国町草本になります。
旧福祉センターの赤いレンガの建物が目立つ。向こうに、英彦山が見える。手前に、朝陽橋があったが、コアやまくにに新橋が出来たので、撤去された。昔からの、商店街に入る橋がなくなったのは、さびしい。のどかな、春の風景だった。
この橋は、もうなくなっています。新しい橋が、出来たのでお役ごめんになったようです。御幸橋という名前だったようです。山国町の白地に行くための橋でした。橋の横の家は、旧家でにぎやかだったころの風情が、残っています。守実にぬける旧道が崖のすぐ横を通っています。
耶馬溪町深耶馬に行く途中で見つけた秋です。川の周りの木々は、霧が出るので紅葉が早い。
スケッチをしていると、水鳥がすうっと飛んでいった。ハエが水面に飛び上がって、水の輪が広がった。
耶馬溪町の杉畑から対岸の柳が原を見た風景です。212号線側は陰になり、対岸は、輝いていた。斜めにかかった橋と、家々の白壁の倉が、まぶしく輝いていた。
秋は、日が短くなる。紅葉する木としない木があり、すすきもなんとなく寂しげです。最近、山国町は、かかしワールドでにぎやかになっています。山国町中摩付近です。
耶馬溪町から山国町へはいる一つ戸付近です。川を眺めながらハンドルを持つのは、気持ちのいいものです。以前は、道幅が狭くて、車の離合がたいへんだった。バスの事故もあったそうです。どんどやきの時の女竹を採りに行ったところだった。
耶馬溪町江渕付近です。冬の川沿いは、静かです。ススキや葦がかれて、しろくなっていました。向こうに、千年杉の雲八幡の森が見えました。
耶馬溪の新緑のころも美しい。木々の若葉にも色の変化があり、見飽きない。芽吹きのときに、緑の色だけでなく、赤い色や、白いものもある。葉が出そろう頃になると、緑になっていく。爽やかな風が吹いていました。
夕方になり、二人の老人が?家路についているところが、印象に残りました。日差しも幅が狭くなって、晩秋の季節。影が細長くなっていました。耶馬溪町宮園の旧道です。周りに家が並んでいるのが、よくわかります。右の灯篭は、雲八幡宮のものです。
川岸の草や木々が色づきはじめると、秋。川の色も澄んで、青色が増してくる。川魚をとる小舟があり、夕方網を揚げているようだ。この川沿いの道は、眺めもよく、周りの田畑や、農家の風景がのどかです。新春の県内一周駅伝大会の選手たちも、ここを走る。向こうに千年杉の雲八幡様が、見えています。
耶馬溪町宮園から江渕の方向にサイクリング道がある。旧耶馬渓鉄道の鉄橋が残っている。城山の向こうは、鎌城で、酪農が営まれている。菜の花が咲き始めて、田ごしらえが始まったようです。雲八幡のところです。
宮園橋から上流を見ました。若葉の季節で、川面に、うつくしい陰を落としていました。新しい木の葉でも、赤みのある葉や、白い葉もあるのが、おもしろい。さわやかな空気を感じます。向こうに、一つ戸城のあった山が、見えています。耶馬溪町宮園付近です。
下郷小学校の近くに大樹があった。おそらく、昔の人が、旅をするときの一里塚だったのではないかと思います。見事な樹で、どこからもよく見えていました。春の芽吹き、若葉、紅葉素晴らしい眺めでした。しかし、いまは、切り株だけが残って、いるだけです。残念です。横の祠が寂しく建っています。
両岸の自然な風景、とても落ち着きます。草木も石ころも、水の流れも、ゆったりとしています。こんな場所が、貴重になってきていると思います。コンクリートで固められないように、願っています。212号線下郷の宮園付近です。
耶馬溪町下郷から金吉の方に入る道です。以前は、裏耶馬に行くには、この道を行かねばなりませんでした。道沿いに家がところどころにあり、とても狭い道でした。農家の白壁の倉や、古い柿木、清流が印象に残りました。
山移,深耶馬に通うときに、通った道です。今は、耶馬溪ダムの底に。白壁と黒の板囲いの倉が印象に残っている。みぞれが降っていて、ふるえながら運転していた。トラックに出会って、ヒヤッとしたことが、あったなあ。今は、思い出です。耶馬溪町柿瀬付近です。
柿坂の少し下流に、両岸、岩がむきだしになっている所がある。ちょっと変わった風景になっている。いまは、柿坂村の店が並んでいて車が多く止まっている。店ができたので、裏の岩場が見えなくなっているのは、残念です。
212号線沿いの、耶馬溪町杉畑付近です。下郷に近い曲がり。梅が咲き、やさいのねぎや、白菜のうねがならんでいる。春の訪れを感じる場所です。杉の木も、赤くなっていました。
大島の橋とお伊勢山がみえる。ころ辺は、両岸が自然のままに残されています。周りの草むら、石ころ、樹木などもゆったりとして、のどかな感じがする。青サギや、白鷺が、石の上で、魚を狙っていた。耶馬溪町宮園付近です。
耶馬溪町の下郷の奥です。山に沿って、田んぼが広がっています。黄色に色づいた田が見事です。トラクターの軽快な音が、あたりに広がっていました。農家の、一番力の入るときです。近くに、お堂が祭られていました。
谷の一番美しい季節です。あたりは、パレットをひっくり返したように、色が現れています。もみじの葉が、はらはらと散っていく様は、いいものです。かわせみが、つうっと横切っていきました。
津民谷の奥、川原口の雪の民家です。犬ケ岳の登山口のところです。森のペンションのあるところです。狩猟をする方の家で、鹿の肉をいただいたことがあります。鹿や猪が多く、毎年のことなので、賢くなって、禁猟区に逃げているそうです。
耶馬溪町津民谷の風景です。田んぼも黄金色にかわり、谷が一段と明るくなった感じです。いのししや、鹿の被害にあわないように、心配しながら、収穫をしています。電気柵や網が、田んぼのまわりに張り巡らせています。夜、鹿のあたりをきりさくような声が、響きます。
深耶馬溪のもみじ谷にある大きなもみじの木です。横に岩があって、紅葉がとてもきれいなところです。水面にも、もみじが映っています。静かな時間がながれます。
深耶馬渓をぬけて玖珠町に入ると、景色が一変する。もみじの林がないのです。クヌギや杉の木に変わります。人の手が加わっている?のかもしれません。耶馬溪の谷は、自然林が、残っているといえるでしょう。家の入り口に、見事なつつじの花が、咲いていたので、筆をとりました。かなりの古木とおもいました。
深耶馬のバス停に軍艦岩がある。川の中に、大きな岩が居座っています。旧式の軍艦の形をしているからでしょう。車を止めて、休憩する人を見かけます。水遊びをする人もいます。
28年前の絵です。耶馬溪町のカレンダーに載せていただいたものです。一枚岩の川底、大きな岩、岩の上に育ったたくましい樹木、描いたころのことが、懐かしいです。
岩の上に木がはえている。土も少ないのにしっかりとした根張り。たくましい。盆栽の岩の上に木を配置する形のてほんです。秋が深まり、まわりの木々が一層鮮やかな色を見せていました。まむしがいたのに、びっくりしました。
秋になると耶馬溪は、日陰が多くなる。日向は、輝いて見える。色づいた草木が水面に映っている。旧耶馬渓線の第二鉄橋のところです。
上毛町の大池公園で描きました。公園は、宿泊施設があり、自然が一杯あります。池の周りや、丘の上を歩くと中津市街や、周防灘がみえます。ここで座っていたら、野うさぎに出会いました。しばらくこちらを見て、走り去りました。林の中の、くさもみじが綺麗でした。近くに、こんなところがあるのは、嬉しいです。
福岡県上毛町の農家です。寒かった冬が過ぎて、春が訪れる、まわりの草木が一斉に動き出す。つつじ、菜の花、野菜、木立の木々。色鮮やかな幸せな風景です。空気もおいしそうでした。おばあちゃんが、庭で犬と日向ぼっこをしていましたよ。こんな事件がありました。どこから描こうかと道具を持って、周りをうろついていたら、たけのこ堀と間違えられちゃった。・・・
本耶馬溪町樋田にあった旧宇島鉄道の鉄橋です。いまは、取り壊されてのうなったんじゃ。宇島から有野までん鉄道だったそうじゃ。有野は、梅林が有名で、沢山の梅の木があったそうじゃ。イチョウの木も今は、のうなっちょる。向こうの山は、大平山ですよ。
耶馬溪町口の林の左側にお宮があってなあ。もみじがどげち美しいんじゃら。いろいろな紅葉ん木があっち、観光バスも、よう止まちょるで。いっぺん、見に来て見らんかえ。階段にも、葉っぱが散らかって、どげち美しい段ができちょる。上のイチョウも、いいでえ。
津民の入り口の道です。この道は、新しい橋ができてからは、通る人が少なくなりました。右の道は、耶鉄の跡(サイクリングロード)です。木々が木陰を作って、爽やかな休憩場所になっています。冬は、凍結して、ひやひやしながら運転していました。
耶馬溪町の口の林付近です。岩が多く五つの滝があったそうです。今は、上流にダムができて、水量が少なくなっていますが、なかなかいい景色です。サイクリングロードも、横に通っていますので、楽しめます。山にも奇岩が見えてきます。
三尾母川の合流するところです。岩が川の中に沢山出ています。夏は、子供たちの遊び場となり、魚釣りや泳ぎなどにぎやかな声が聞こえていたところです。向こうに平田橋、旧耶馬渓高校が見えています。
立派になった大堤防。その上に昔ながらの家々が並んでいる。杉の木が冬の色をしていて、イチョウの木が目立つ。100m位下流に淵があって、子供たちと泳いだ想い出があります。堤防の脇に、観音様が立っています。
耶馬溪町に入ると見えてくるのが、馬渓橋です。しっかりとした石橋です。橋の向こうに西浄寺の大きな屋根が見える。イチョウの木は、なくなってしまったが、もみじの木が周囲に植えられていて、秋の季節は、特に美しい。車が通る現役の橋です。
曲がりくねった道をのぼると、集落がある。きちんと耕した田畑があり、道沿いに、菜の花が咲いていた。向こうに多志田の茶園がみえていた。家庭訪問で訪れた時のことが、懐かしいです。耶馬溪町柚木付近です。
川辺を通っていると、日が当たっているところは、美しい。ここのイチョウの木は、毎年きれいな黄色に染まる。まわりの杉の緑にあるので際立って見える。落ち葉になって、道に黄色の絨毯になるところも、いいものです。岸辺の草紅葉もきれいです。耶馬溪町岩屋付近です。
山国川には、中洲もある。堤防で囲まれたところもあるし、石ころが集まっているところもある。サイクリングをしている人、釣りをしている人、川の中で遊んでいる人を時どきみかける。本耶馬溪町の多志田付近です。
玖珠町の立羽田です。奇岩が並ぶ下に農家があります。上から見ると、家々や田んぼ、庭木が、箱庭のように見えます。のどかな田舎の風景です。秋の紅葉に染まって一層綺麗にみえます。岩の松が枯れてしまっているのが残念です。この先にも、池の尾、鶴が原の景などの名所があります。
伊福から玖珠町に抜ける道です。昔からの道ですから、狭く大型バスは、無理です。家が道に沿って並んでいるからです。石垣、農家の蔵、大きな木、トタン屋根などが印象に残ります。近くに、大きなイチョウの木が真黄色に色づいていました。
ごろごろと石ころばかりが目立つ川です。洪水のときに、流れてきたものと思います。耶馬溪の谷は、珍しくない。少年旅行村の入り口の橋から、上流を見たところです。魚の姿は、とても多いです。
耶馬溪には、しいたけの乾燥小屋がある家が多い。特産のしいたけを生産する条件に恵まれているところです。子供たちの作文にも、加勢をしたことが書かれていました。吹き抜けの屋根が面白いと思いました。耶馬溪町伊福付近です。近くに下河内温泉があります。
裏耶馬渓にキャンプ施設があります。夏休みには、子供たちの元気な声が、森の中に響きます。周りには、家がありません。自然が一杯。朝晩は、テントやバンガロウの中、寒いくらいです。虫や魚、鳥などが友達です。水泳は、温泉プールでした。懐かしい想い出です。
以前は、深耶馬溪から裏耶馬に行くには、わざわざ柿坂までもどって、下郷から入っていた。左の三方岩は、格好がよく松が枯れてしまっているので、さびしいです。手前に、いこいの温泉があります。のどかな景色です。
耶馬溪町の農家の風景です。春、木の芽も芽吹いて、畑の作物も元気なようすでした。丁度、つつじの季節で、赤や白の花が咲き乱れていました。この家の横の道をのぼると、分校がありました。懐かしいところです。耶馬溪町和泉原です。
裏耶馬渓の金吉の谷です。両側は山に挟まれ、集落が寄りそっている感じがする。太陽の出ている時間が、少ないので、秋も早く冬は寒い。秋の終わりは、イチョウの木が散り始めるときです。
裏耶馬渓にある景色です。奇岩がところどころに出ていて、のどかな風情を見せる。深耶馬溪より、この裏耶馬が好きだという人もいます。民宿、温泉があり、すっぽんの養殖をしています。後藤又兵衛のお墓があります。最近、深耶馬と裏耶馬を結ぶ道(メイプルフラワーロード)ができて、とても便利になっています。
ここの渓の川底は、一枚岩です。水の中に入るとよくわかります。落ち葉が、きれいに敷き詰められたようにみえます。子供と一緒に、川の中に入って遊んだこともあります。都会から帰郷した子供が、必ず行ってみたいところのようです。シーズンは、沢山の人ですが、一歩、渓に降りると静かです。NO.103と同じ場所です。
もみじ谷の新緑も魅力があります。樹木の若葉が出そろって、さわやかな風が吹く。胸いっぱいにおいしい空気を吸う。お弁当を開いたり、ギターを弾いている人をみかけた。小鳥の声がきこえてきた。
もみじ谷の秋です。流れの中にじっと座ってみると、周囲の紅葉が、水に映って美しい。パレットの絵の具をちりばめたように、ちらちらとゆれていた。葉っぱが2,3枚ながれてきた。静かな時がながれる。
バス停の軍艦岩にところです。岩の上に木が育ち、元気に枝をのばしている。日が当たると、葉の間から光がさして水面に影をゆらす。水の音、鳥の声、ひんやりとしていて、いつまでもいたい所です。
紅葉谷とうつくし谷があります。うつくし谷も人気があったのですが、途中までしか行けません。イベントの時、えのはを放流もしています。ひんやりとした渓谷の中を散策するのはいいものです。紅葉の種類も多く、岩の上に育っている木々、大きな岩、清流、楽しいものです。これで100枚目になりました。よく描いてきたものだなあと思っています。
鹿鳴館を過ぎると、もみじの坂があります。紅葉の大木が林立していて、色づいたときは、見事です。山移り川の谷を横に見ながら、歩くのは、気持ちがいいものです。最近は、県外ナンバーの車が増えています。大事に残しておきたい自然です。
深耶馬の家篭に上る道の入り口にあります。昔は、ここに茶店があり、玖珠に行く人たちが休憩したところらしい。家の基礎が残っている。紅葉の中を歩くと、川は一枚岩、上は奇岩が立っている。昔に人は、いいネーミングをしていると思った。出張のときは、ここのバス停から歩いたことを思い出します。
耶馬溪町深耶馬の駐車場です。各地より紅葉狩りに来た車がぎっしりつまる。近くには、土産店が並んでいてにぎやかです。一目八景の展望台から眺めると、奇岩ともみじ、針葉樹がまぶしい。温泉が多く、鹿鳴館や一ツ家は歴史的に古い。
耶馬溪には。台地が多い。台地に上がるのは。大変です。すごい坂道が多く、冬は特に怖い。折戸の道も40年前は、車の下をいしでこすったり、ぬかるんだり、滑ったりした。枝垂桜(高円寺)に、最近は、わざわざ訪れる時代になった。台地の景色は、変わらなく、、学校も閉校になってしまった。
折戸川と山移川が合流しているところに、鴫良橋があります。大きな岩が川の中にあり、キャンプ場としても有名だった。深耶馬溪小の鴫良分校のあったところです。皇族の方がご宿泊されたホテルも、近くにあります。新設されて人気の「もみじの湯」のところです。
ダムから玖珠に抜ける道路沿い(県道森深耶馬線)。耶馬溪町神の原付近です。沈み橋がかかっていて、左側の崖が魅力的でした。長い年月、水が岩をけずって印象に残る景色になっている。龍頭岩となずけられていたと思います。
柿瀬を通ってしばらく進むとトンネルがあり、出ると、石垣のあるどっしりとした家々が並んでいた。竹の弦の曲がりです。雪の降る中、空が灰色、大きな大木が印象に残っています。トンネルとこの景色はダムにねむっています。もう少しで、山移だと思ったものです。
雪でスリップして苦労したことを覚えている。ダム建設のことで、地区の方々が何度も会議を重ねたようです。この集落の子供たちは、いろいろな場所に転居することになった。ダムの底にねむっている。耶馬溪町柿瀬付近です。
こんな絵はがきもありました。このはがきは、なくなりました。6年前のものです。
本耶馬溪町(青の洞門・競秀峰・曽木・羅漢寺橋)、耶馬溪町(平田・深耶馬・伊福)、山国町(猿飛・草本)の風景を入れていました。懐かしいふるさとの葉書として好評でした。
この家の梅の古木と桜の木が、とても素晴らしかったのを覚えている。柿坂から深耶馬の谷に入る。ダムに沈んだ風景が絵で残った。この道を、8年通ったのでとても懐かしい。立派な石垣、倉庫、洗濯物が見える。耶馬溪町物部付近です。
鉄橋から下流を見たところです。水量は、天気がつづいて少なくなっている。耶馬溪は、寒いので、杉の木が赤くなる。周囲の草木のほのかな色合いと、岩と水、とても気に入っています。
旧耶馬渓鉄道の第二鉄橋です。いまでも。存在感があります。橋が曲がっているのが特徴です。日本一のサイクリングロードの顔になっています。城井地区の子供たちの通学路でもある。よくこどもたちと、サイクリングをしたことを思い出します。
耶馬溪の冬は朝霧が多い。太陽が出てくると、きりがのぼって周囲の風景が見えてくる。桧原山が見え始めていた。杉林の端っこに残された木が寂しそうに見えた。この家の横を通って、通ったものです。耶馬溪町栃木付近です。桧原山には、ひばるまつで有名な、正平寺があります。
津民谷の道は、6年通いました。このお宮の紅葉は、鮮やかで、もみじ・イチョウ・けやきそして杉のコントラストがとても美しかった。道路も改良されて、旧道が残っている。その道を見ると、懐かしい。いつも、落ち葉を掃除していたおじさんがいました。
津民の入り口のところに、大きな淵がある。岩にぶつかって大きく曲がっている。渡しのあったところでもある。橋のない時代、旅人が何人もなくなったという怖い話が残っている。雨の日に、びしょぬれの女の人が立つという話もある。
K製材所の前にある岩です。どっしりとした姿をしている。仙人が座っているように見えるらしい。雑木が多いので、秋は紅葉が美しい。冬は、下の道路が凍結して、困るところだった。交通安全のお地蔵さんがある。
冬の川の姿も、魅力があります。木枯らしが吹き、木々の葉がだんだんなくなって、いく。川の水も澄み、流れも静かに見える。朝日が出てきて、対岸が少し赤味がかってきたところが、美しいと思った。凍結している道には、苦労しました。耶馬溪町口の林付近です。
川岸に生えるススキや葦が、秋になると周りの景色をかえる。銀色に輝く穂が朝や夕方の風に揺れるところが、気に入っている。耶馬溪の巻柿つくりの民家があり、柿のすだれが秋の風物詩になっている。耶馬溪町小友田付近です。
彼岸花が毎年咲いている。田んぼの周りの土手やあぜに、秋になると出てくる;不思議ですね。農家と農具小屋が建っている。のどかな風情ですね。すぐ下に、落合の滝。少し上流に、河川プールがある。水は、冷たいですよ。耶馬溪町赤松付近です。
耶馬溪町にはいるところに、中洲がある。その中州には、小さな橋が架かっている。人が通る橋です。ススキや葦が川辺にはえて、小橋が、アクセントになっていい風景になっていました。気持ちのよい風が、ふいていました。
山国川の川岸には、大きな木が育っている。向こうの方が、見えないくらいに大きくなっている。大きな根をはって、たくましい。枝ぶりも、根ばりもなかなかいい姿をしている。耶馬渓町の平田付近です。切られてしまうかもしれないので、スケッチで残しました。
本耶馬溪町と宇佐市にぬける道の紅葉です。耶馬溪は、谷が深く、いたるところに峠があります。岩山がところどころに現れて、風景が変わります。霧が深いので、もみじの色が美しい。
サイクリングロードを上って行くと、川は、左に曲がっている。両岸には、ススキや葦が茂って素敵なところです。自転車で走るには、適当な勾配です。ほほに当たる風が、心地よい。本耶馬溪町の蕨野のあたりです。
耶馬溪町平田に三階建ての家がある。立派な門構えの建物です。212号線からでも見える。明治時代の貴族院議員の家で、残しておきたい建築物だと思います。当時は、沢山な人の出入りがあっただろうと、推測しています。周りの長屋もめずらしい。
農家の納屋もだんだん少なくなってきている。特に、土壁の納屋は少ない。風呂用の薪、稲を干すためのさお、農機具を入れる戸板など、絵になる題材です。おばあさんが、腰を曲げて出てきそうです。柿のみがいくつか残っていました。
耶馬溪町の平田付近です。立ち止まりの景と名がついています。この岩のところで、川が左に曲がって流れています。大きな岩山で新緑や紅葉のころは、美しい。柿のみがいくつか見えた。
川底の石が黒々と現れているところの一つ。耶馬溪町の入り口、平田です。橋が周囲の景色によくとけこんでいる。好きなポイントの一つです。右岸のクヌギの林と西浄寺のイチョウの大木がないのが寂しい。冬は、このあたりから、道路が凍結していることが多かった。
山国川沿いを走ると季節によって、いろいろな姿を見せる。夕日が沈む頃の川辺は、昼の姿から一変する。川の中も、ピンクに染まってしまう。ススキや葦もふんわりとした絨毯のようだ。耶馬溪町の中村付近です。
八面山の音楽堂の近くの木立です。ぎらぎらする夏でも、木立の中に入ると涼しい。山国川沿いには、沢山の樹木があり、自然がいっぱいです。この山には、桜・もみじが計画的に植樹されてきています。
本耶馬溪の奥に入ると、桜の咲くのどかな風景があった。白い壁、赤いトタン、ピンクの桜、芽吹く樹木、白い道。川岸は工事がすすめられているが、森を抜けたところに、明るい素敵なところがあったので、筆を動かした。桜は、あたりを華やかにする。
跡田川に沿って奥に行くと、だんだん道が狭くなっていく。緑がおおい。小中学校もなくなり寂しい地区になっている。川には、毎年、蛍が乱舞している。綺麗な水が流れていました。
三光の深水の農家です。かやぶきの屋根に、トタンをかぶせています。こんな屋根も、最近は、少なくなっています。家までの道、柿木、梅ノ木、そして蔵があります。のどかな風景です。おばあさんが、腰をまげて、はたけにでていました。
さらに少し上流に行くと、桜並木の素敵な景色が、見えてくる。花見をする人が、沢山集まってくるところです。周りの山、清流、そしてごつごつした岩、柔らかな柳の新芽など、いいところなのです。旧耶馬渓線の駅の跡なのです。本耶馬溪町冠石野のところです。サイクリングで快走できますよ。
モノクロで描いてみました。禅海和尚が掘った青の洞門、今は車が通るために、拡張されている。ところどころに、跡が残っている。人力でよく掘ったものだと思う。福沢諭吉が、この競秀峰の自然を守るために、一時持っていたそうです。
初秋になると、ススキやよしの穂が出てくる。川辺に様子が、がらりとかわってくる。赤みをおびたふわふわとした穂が風に揺れるさまは、魅力がある。子供たちとサイクリングをした道が見える。なつかしい。旧耶鉄あとを利用したサイクリングロードは、35kmあり、日本一だそうだ。
下曽木より少し上流に行くと、サイクリングの道が見えてくる。川に沿って大きく曲がっている。左の家は、酪農をしている。大きなくすのきが印象に残った。とても気持ちのいいところです。釣り人をよく見かけます。
この風景どのように見ますか?川岸の岩や草木、自然のままです。人工の手がまったく入っていません。春になり、水がぬるんできている川辺の様子です。木々の枝先が、少し色づいてきています。心が落ち着きます。私の大好きな場所のひとつです。本耶馬溪の曽木付近です。
青の洞門の少し上流に、犬走りというところがある。犬の形をした岩があったらしい。いまは、なくなっている。近くに、沈み橋があって、車も通ることができる。いい眺めのスポットです。河鹿の鳴き声も聞こえます。
羅漢寺の入り口、川辺の樹木の中に竹がのびていた。水に木立が、映っていたので車を止めて付近を、歩いてみた。向こうの山が、かすんで見えた。
屋形小学校の入り口の橋です。下が、めがね橋になっている。冬になると、あたりの木々が落葉して、橋の姿がよくみえた。いまは、小学校は、閉校になっている。ほたるの多いところです。
山国川の川筋には、水田と茶畑が多い。耶馬溪茶として有名です。霧がいいお茶を育てるようです。茶畑のうねの並び方は、面白い。本耶馬溪の跡田の付近で、描きました。
NO.54と同じ橋です。夏のスケッチです。知人に、絵を送るときなどに、この場所を選んで描いたと思う。ある人が、中国の風景のようだと、言った方がいた。右の端の所に、本耶馬溪役場があった。
羅漢寺橋の姿はとても好きです。適度な曲線、周囲の草木、土手、大正時代に造られてから、洪水にも耐えて、健在です。自然の中にとけこんでいるところが、気に入り、よく出かけます。
犬走りのところの農家です。川よりも高いところに建てられている。堤防はない。昔からの、知恵なのだろう。囲いの木々も、しっかり茂っていた。むこうに、競秀峰がかすんで見える。のどかな風景です。
青の洞門を、横から見たのです。人馬が通った当時の、トンネルの明り取りの窓が見えている。対岸は畑は砂地で、いろいろな作物を作っている。入り口のイチョウは、落葉していた。
中津三光のギャラリーややまでの、展示風景です。民家風の落ち着いた雰囲気のギャラリーです。
山国川の風景を描き続けて、展示をしてきています。展示の場所は、ギャラリーややまが主会場、めがねのわたなべ、イオンホールです。山国川百景の冊子、耶馬溪の絵はがきを出しています。つづいて、中津の絵はがきを作りました。
青の洞門です。山国川沿いの中でも、観光客が多いところです。新緑、紅葉のころは、美しくすごく渋滞する。禅海和尚が、30年かけて彫った洞門ののみの跡が、残っています。
青の洞門の入り口のイチョウは、シンボル的な樹木。春の芽吹きと秋の紅葉は、素晴らしい。先日、時間があったので、帯岩の横から上がって妙見窟、陣の岩を歩いてみた。足がすくんでこわかった。昔。人馬で通ったときは、大変だっただろうと思った。
霜の降りた朝、真っ白で、水蒸気が昇っていた。太陽が、ぼんやりとみえる。時間がたつと、あたりがよく見えるようになる。通勤で、冬のあさは、緊張してハンドルを握ったものだ。本耶馬溪の屋形の谷です。
よしの生える場所が、山国川には多い。この絵の場所も、立派な堤防ができてしまった。向こうの、イチョウの木も今はない。洪水に対する工事だけれども、寂しい風景になってしまった。
田んぼの稲も青々としてきた。この頃になると、右側の崖から滝のように水が落ちるところがある。山国川の水が、下流に流れているのがわかる。福岡県側の原井から見た風景です。
鮎帰りを、福岡県側から見た風景です。渋見のトンネル、斧立の坂が向こうに見える。奥の山は、八面山。手前の森は、以前、軽便宇島鉄道が通っていたところです。
福岡県側に、大きい岩場がある。橋ができる前は、渡し舟で対岸に渡っていたそうだ。川の中に橋脚のような岩も、のこっている。魚釣りをする人が、みえた。原井地区は、福岡県で、僻地になるらしい。
青の洞門の下の堤から、荒瀬井路がつくられている。この水路は、難工事で、いくつもトンネルを掘って(間歩)、いる。昔は、機械もないので苦労したそうです。このお宮の横を、水路が通っている。銀杏が色づいていました。土田の付近です。
真坂の臼木のところです。桜、菜の花、芝桜、大根の花、柿の若葉などが、一斉に咲く。いろいろな花の色があって、美しい。春は、うきうきするものだ。
三光の土田の風景です。苗がすくすくと育ち、青々としてきたようです。心地よい風が、吹いていました。
田植えで、稲が綺麗にならびました。いねが、一斉に風に揺れるさまは、気持ちのいいものです。水面が、鏡のようになって山が映っています。ツバメが、つうっと飛んでいました。
三光田口地区の箭山(八面山)に対する愛着は、生活に結びついている。薪・山菜採り・おまいり、祭り、八面山フェア、遠足など自分たちの庭のように思っている。山頂からのながめは、素晴らしい。
菜の花が咲いている畑から、八面山が見えた。所は、宇佐の佐々礼から見える姿です。形が面白く、筆を持ちました。空も晴れて、くももやわらか、気持ちのいい日でした。
水路に水がたまるころになると、木々も緑の色が増してくる。田ごしらえをしている人の姿が、見える。
三光のまくさの所です。
麦の実ったころの田んぼは、美しいと思います。周りは、深緑になっているときに、黄色に色が染まっていくのだから、よく目立つ。八面山の形で、どこから描いているか、わかりますか。子供のころの、麦の採りいれを思い出します。
薦神社の勅使橋です。橋の真ん中が高くなっています。勅使が、おいでになったとき、渡る橋のようです。宇佐神宮の元宮。池のそばに、茶店があって、鯉のえさやお菓子があったのを覚えています。
薦神社の池には、こんもりと茂ったくすのきの森が、映っていた。歴史を感じる。この池には、山国川の水が、取り入れられている事を知ることができた。山門も、なかなかいい姿をしている。
三光深水の水辺です。冬が過ぎて、ようやく水辺の草木が、一斉に目を吹き始める。なんともいえない生命のかがやくときです。
枝垂桜の咲いている時期に、花祭りを毎年している。お釈迦様に、甘茶をおかけして、いっぱいいただくと、口の中に、ふんわりと甘い香りがします。懐かしい味、のどかな至福の時が過ごせます。いいところですよ。
中津三光の奥、枝垂桜で知られている古寺がある。桜の木は、樹齢650年ぐらい。桜祭りには、沢山の人々が、かけつける。花は、よく咲くときと元気のないときがある。自然の中にあり、心の落ち着く寺です。お寺は、金龍山深泉寺です。
八面山の上がり口に、見事な梅林がある。春、この梅の開花しているときは、素晴らしい。沢山の人が、訪れている。カメラを構えている人も多い。紅梅が、白い花の中にあっり、いい香りが、ただよっている。メジロの姿をよくみかける。
三口の堤に夕方になると、西の方の山々が、水面に映る。おだやかな風景です。山の姿も、私は、とても気に入っています。雁股山・経読・犬ヶ岳などを見ていると、心が落ち着きます。田んぼのごみを焼く煙もたなびいています。
お鶴・市太郎の神事の堰です。ここの神事の時は、必ず雨が降るといわれる。800年も前から、つづいている行事も、重要文化行事に指定されている。夏の終わりの神事で、みこしが川の中に入り、クライマックスとなる。
旧耶馬渓線の坂道から見た沖台平野。黄金色に実った稲田が広がっている。コンバインも動いていた。住宅が増えてきて、あと20年もすれば、住宅ばかりになるかもしれない。昭和のはじめに、この平野で、大軍事演習があったこと、知らないでしょうね。
雪の朝、八面山にうっすらと雪が見えた。空気が澄んでいるので、遠くまでよく見渡せる。ジャスコ店が佐知にできたり、バイパスの新橋ができたり、鶴市神社の横の工事で、風景がかわってきています。
この絵は、佐井川のよしの生えているかわべです。よしが、びっしりと生い茂っていました。堤防の曲がりと、よしのオレンジがかった色が印象にのこりました。すぐ近くに、緑の鉄橋があります。
よしの生えている川の姿は、とてもいいものだ。秋から冬にかけて、赤くなると一層、きれいになる。コンクリートの土手が、ふえてきているのは、残念です。青サギが、じっと水面をにらんでいました。
豊田町にある公園です。秋になると、公園の周りに植えているアメリカフーの木の紅葉は、すばらしい。赤の色が、周囲の緑の木と対照的で、一層美しく見える。わざわざ見物に訪れる人もいる。散歩をするときは、楽しみにしているところです。
水源地の方から下流を見ています。川の中に、柳の木が沢山茂っています。この木々も、切られて、最近は、すっきりとしています。朝夕、散歩をする人を、よく見かけます。青果市場や旧リバー店、南校、新山国大橋も見えます。潮止めの近くには、かもめやさぎが群れていました。
水源地の塔も新しいものに建てかわった。川の水の流れも、潮止めの堤防ができたり、川中の砂利を採ったりしたので、かわっている。子供のころの、敷石、石組みが、一部残っているようだ。大平山や瓦岳などの山々は、そのままです。懐かしい風景です。
金谷の土手から、御隠殿・八面山を見て描いています。リバー店横の大きな木下から、眺めたところです。少年時代、毎日のように通った土手です。懐かしくて。御隠殿の庭木がジャングルのようになっています。
小祝は、立派な堤防で囲まれている。洪水に対する工事が進められている。土の部分が、ほとんどない感じがする。向こうに、山国大橋が見える。橋脚のレンガもようが、美しく見える。満潮の午後、のんびりとしたひと時です。
中州の家々、お寺、大木、煙突などが堤防に囲まれている。煙突は、実は、ヨシトミ製薬です。シンボルのイチョウの木も雷が落ちて、低くなっています。
右の橋が、小祝橋です。
小祝側からの中津城です。白い壁や石垣に囲まれた同道とした姿です。大阪からこの川を利用して、多くの商船が行き来していたらしい。城の横にあった遊園地、中津城会館、中津高女はなくなっている。
小祝の中洲に上がっている漁船です。葦が生えている中に船がある風景は、面白いなと思いました。満潮になると、漁に出られるのでしょう。葦の赤みをおびた色と、白い船、のんびりとしている感じがしました。
*作品の転載・複製をお断りします。
豊後街道西の入り口にある家です。この通りは、中津でもかなり古い家が残っています。この家も改造していますが、柱や壁、部屋の造り、板戸など歴史を感じさせます。毎年、楽市で賑わいます。白壁と板・柱・蔵が印象に残りました。
この絵のシリーズは、水彩画です。大きさは、F4号です。
この絵の建物は、なくなっているところです。30年前ぐらいの風景です。日本ではない感じがしませんか?左の建物は、病院です。雨が降っていて、傘を差して歩いている人がいます。この通りを覚えている人は?
高本屋や進耳鼻科のあったところです。枝町にありました。
諸町にある建材店です。屋根から板を使って雨水を守っているところや、飾り窓などがとても気に入っています。前に電信柱があるのですが、描きませんでした。最近、カラー舗装されて建物もびっくりしていると思います。
雪の降った自性寺です。中津の殿様の菩提寺です。立派なお墓が並んでいます。河童のお墓があることでも知られています。鐘楼も立派です。池大雅{室町時代}の書画が沢山残されているお堂もあります。寺の裏には、小囲い山といわれている中津城の防塁がのこっているのです。ひな祭りのときは、沢山の人がきています。山国川から中津にはいる重要な位置にこのお寺があったようです。
諸町にある老舗の倉です。醤油をつくっている店で、近くを通るだけで、いい雰囲気を持っています。毎年、ひなまつりの会場になり、歴史のあるお雛様を展示します。倉の中は、大きな醤油樽、絞るための道具、ビン、等が並び、独特の香りがしています。材料をしこんで、じっくり醸成する過程で、菌が住み着いているようです。表の看板も古いです。煙突、白壁と左のせどが魅力的です。
諸町にある歴史的資料館です。代々お医者の家で、診療室や患者の待合室、薬を入れる戸棚、用具などが残っています。木製のガラスに入った建具、床、雰囲気がそのまま残っています。館長さんがこまめに手入れしている花たちが白壁の建物を引き立てています。
中津城です。扇城ともよばれています。TVで城が売りにだされたと話題になりました。私としては、早く中津市が動いてもらいたいと願っています。城下町のシンボルなのです。黒田氏、小笠原氏、奥平氏と続いた伝統のある城なのです。山国川を利用した歴史遺産、大事にしたいものです。緑の季節の、瓦と白壁がとても気に入っています。
福沢諭吉の旧居です。中津城の近くにあります。諭吉が、勉強した倉は、裏にあります。今年、諭吉の150年記念展が開催されていますが、写真や記録等の資料を見ると、日本を導いた素晴らしい人であることを感じました。咸臨丸に乗船した事が、運命を変えたのではと思います。
中津城西にある汐湯です。古い銭湯?だったかも。 入り口には、塩水湯と書かれた立派な石碑がある。山国川の塩水を取り入れてわかしているのです。湯船が2つあり真水をわかした湯船もある。休憩所や宴会場もあり、とても賑わっていたようです。私の祖父も、毎日のように行っては、浄瑠璃を語ってお客さんを楽しませていた事を聞いています。今は、施設も古くなり、寂しくなっています。
雪の公園地です。最近は、大きな行事もなく、寂しく感じます。以前は、春の市で賑わい、サーカスやイヴェント、そして店がテントの中にずらりと並んでいました。最近は、新年の初詣と七五三の時ぐらいでしょう。
二人の学生が、土手の上を急ぎ足で、かえっている。向こうに、見慣れた中津城や汐湯が見えている。
二人の学生は、左の絵に加筆したものです。
この絵は、金谷の土手です。リバー店や鉄橋が
見えています。子供のころ、よく遊んだ所です。
私は、山国川の土手を、散歩するのが大好きです。河口のほうを眺めると周防灘。上流の方を眺めると、山々が広がっています。子供のころから、関わってきた想い出が、いっぱい残っている場所だからだろうか。年をとってくると、一層懐かしくなるのです。
この絵は、中津城の西側から見たところです。
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